ざっくばらん日記

日々感じたままにざっくばらんと記録します。

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漫画家楳図かずおさんの自宅外壁が赤白ストライプですごく派手な建物らしいですが、この赤白模様について近隣住民が外壁撤去を訴えた訴訟の口頭弁論があったそうです。両者の言い分は真っ向から対立しています。


漫画家楳図かずおさんが東京・吉祥寺に建築した赤白横じま模様の自宅について、近隣住民2人が外壁の撤去を求めた訴訟の口頭弁論が29日、東京地裁(畠山稔裁判長)で開かれ、楳図さんが出廷し、「赤白のストライプはわたしのトレードマーク。素晴らしい家だ」と訴えたそうです。
 


楳図さんは「家の形、色彩もバランスがいい」と主張したそうです。


不快を訴える原告に対しては「悪意を感じる。新参者のわたしに対するいじめだ」と語ったそうです。


原告の住民も証言台に立ち、「赤い塔に描かれた目が点滅を始めた。おぞましい」と述べたそうです。 





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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080929-00000081-jij-soci

ギャグ漫画の大御所赤塚不二夫さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。「おそ松くん」「天才バカボン」などで知られる漫画家の赤塚不二夫(あかつか・ふじお、本名・藤雄=ふじお)さんが2日午後4時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去したそうです。72歳だったそうです。


旧満州(現中国東北部)出身。自宅は東京都新宿区中落合1の3の15。葬儀・告別式などは未定だそうです。

 
終戦で大陸から引き揚げ、奈良県で育つ。小学生時代に手塚治虫作品に感激し、漫画家を志したそうです。中学を卒業して3年間、新潟市の看板店に勤めた後、昭和28年に上京。化学工場で働きながら、漫画雑誌への投稿を重ねたそうです。

 
31年、「嵐をこえて」でデビュー。東京都豊島区椎名町にあったアパート「トキワ荘」に転居し、石ノ森章太郎や藤子不二雄らと腕を磨いたそうです。



34年には“赤塚ギャグ”のはしりとなる「ナマちゃん」が好評に。37年には「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」が爆発的にヒット。


続いて「天才バカボン」「もーれつア太郎」などのヒット作を連発し、“ギャグ漫画の王様”となったそうです。

 
ニャロメ、ウナギイヌ、レレレのおじさんなどのユニークなキャラクターを生み、「シェー」「ダヨーン」「これでいいのだ」などの流行語も数多く誕生させました。

 
平成9年12月に自宅で吐血して入院、食道がんが判明。その後も急性硬膜下血腫や脳内出血で緊急手術を受け、14年以降は創作活動を休止していたそうです。



本文はここから〜
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080802-00000949-san-ent

映画にもなった人気漫画「軍鶏」の漫画家たなか亜希夫さんと原作者橋本以蔵さんが著作権を争い訴訟になっているそうです。訴えた漫画家側は「ストーリーも人物設定もすべて自分が作り上げた」と主張しているそうです。



青年漫画誌「イブニング」(講談社)に連載され映画化された人気漫画「軍鶏(しやも)」をめぐり、漫画家と原作者が著作権を争い、東京地裁で訴訟になっているそうです。


訴えた漫画家側は「ストーリーも人物設定もすべて自分が作り上げた」と主張しているそうです。

漫画業界でこうした著作権トラブルは少なくないが、訴訟に発展するのは珍しいそうです。


「軍鶏」は今年1月から休載が続いており、ファンの間では「謎の休載」と話題になっていたそうです。

 
原告の漫画家、たなか亜希夫さんは原作者の橋本以蔵さんを相手取り、作品の著作権者がたなかさんであることの確認や単行本の著作権料約1億5000万円の支払いなどを求めているそうです。27日開かれた第1回口頭弁論で、橋本さん側は争う姿勢を示したそうです。

 
「軍鶏」は、優等生だった主人公が自分の両親を殺害後、少年院で空手を身につけ、格闘家らと戦うというストーリー。訴状によると、平成10年に「漫画アクション」(双葉社)で連載が始まり、16年からイブニングに移行。単行本は25巻で約530万部が発行され、今年5月に映画化されたそうです。


 
たなかさんは、「橋本さんは連載当初に大ざっぱなあらすじが書かれた原稿しか出しておらず、ストーリーやキャラクター設定、せりふなどすべて自分が行った」とし、「軍鶏は自分が単独で創作した作品」と主張しているそうです。

 
橋本さんは「弁護士に任せており、コメントできない」としているそうです。






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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080628-00000079-san-soci

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