ざっくばらん日記

日々感じたままにざっくばらんと記録します。

タグ:足利事件





足利事件で最高検察庁の次長検事が、記者会見で謝罪したそうです。菅家利和さんのインタビュー記事などを読むと取調べした刑事に長時間にわたって白状しろと強制的に攻められてやっても無いのに自白させられたそうです。菅家利和さんが一番謝ってほしいのはこの取調べをした刑事ではないでしょうか。検察よりも警察のほうが罪が重いと思いますが・・・・


足利事件で、無期懲役刑の執行停止により釈放された菅家利和さん(62)について、最高検の伊藤鉄男次長検事は10日、最高検で記者会見し、「真犯人と思われない人を起訴し、服役させたことは、大変申し訳ないと思っている」と述べ、検察として初めて謝罪したそうです。



本文はここから〜
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090610-00000093-jij-soci






足利事件の容疑者として逮捕され無期懲役の刑で17年半もの長い期間刑務所で服役させられた、菅家利和さんがなぜやってもいないのに「自白」してしまったのかについて語ったそうです。13時間もの長い取り調べを受けたそうです。刑事から執拗に「お前がやったんだろう」と言われ、何度「やっていない」と言っても信用されず、結局疲れと不安から話をしないと前に進まないと考え自白に追い込まれていったそうです。警察にマインドコントロールされてしまったようです。こんな話を聞くといつ自分にも災いが降りかかってくるかわからなく怖い話ですね。当時の刑事たちの中で誰一人としておかしいなと思う人はいなかったんでしょうか。


 
「今から考えると自分でも分からないが、話をしないと、調べが前に進まない。早く終わらせたかったんだと思う」


菅家さんは「自白」の経緯をこう振り返ったそうです。


栃木県警の捜査員が自宅を訪れたのは1991年12月1日午前7時頃。「いきなり上がり込んできて、『子供を殺したな』と迫られ、女の子の写真を示され『謝れ』と言われました」。その日は知人の結婚式だったが、求められるまま警察署に向かったそうです。



署では「やったんだな」「やってません」といった押し問答が夜まで続いたそうです。


体液のDNA鑑定結果などを示されてもすぐには認めなかったが、「日は暮れ、心細くなって、このまま家に帰れないかもしれないと思うようになった」と言っているそうです。

 

気持ちが折れてしまったのは、取り調べが始まって約13時間たった午後9時ごろだったそうです。「刑事の両手を力いっぱい握りしめ、泣いてしまった」

 

「刑事は私がやったから泣いたと思ったらしいが、本当は、いくらやっていないと言っても聞いてもらえなくて、悲しくて泣いた。やけになってしまった」。


容疑を認めたのは、その後だそうです。後は「何か(話を)作らないと前に進まない」と、報道された内容に想像を交えて、犯行状況を話したそうです。



本文はここから〜
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090608-00000013-yom-soci





冤罪(えんざい)とは、「無実であるのに犯罪者として扱われてしまうこと」を指す言葉でありますが、足利事件で犯罪者として扱われ逮捕され、犯罪者に仕立て上げられてしまった菅家利和さんが釈放されたそうです。



「今までの17年間の人生を返してもらいたい」。釈放された菅家利和さん(62)は千葉刑務所を出た後、千葉市内のホテルで記者会見し、「本当にうれしく思います」と語る一方で、「わたしは犯人ではありません」と声を震わせ、刑事司法に重い十字架を突き付けたそうです。
 

午後4時55分ごろ、会見場に姿を見せた菅家さん。支援者の大きな拍手に迎えられたが、刈り上げた頭に目立つ白髪やしわの深さが、拘置・服役生活の長さを物語っていたそうです。


冒頭では弁護人に促されるように話し、「この17年間犯人にされ、ずーっと我慢してきました」とうつむき加減だったそうです。
 

「突然、釈放すると言われたのでびっくりしました」。刑務所での最後の一日。午前中、工場から呼び出され告げられたという。「その時はキョトンとしていたが、そのうち良かったと思いました」と、控えめに笑ったそうです。
 

しかし、事件に話が及ぶと、「当時の警察官、検察官は謝ってほしいと思います」「絶対に許すことはできません」。何度も語気を強め、「間違ったではすみません」と捜査を非難したそうです。




本文はここから〜
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090604-00000192-jij-soci

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